われながら面目ないとは思うのだが、当時はそんなこと考えもつかなかったのだ。
私が結婚に備えてしたのは、ただ一つ。
貯金だった。
学生時代に貯めたアルバイト代や父親からもらった小遣いを郵便貯金にしておいたのだ。
「結婚後、家計の足しにしようと考えました」と、言いたいところだが、そうではない。
結婚したら自分のために使うお金がきっと必要になると考えて、貯金しておいたのだ。
結婚して、何かをしたくなったとき、先立つものがなければ動きがとれない。
私はそう思った。
突如として、お茶が習いたくなったとしても、月謝やお道具代など、とにかくお金がかかる。
結果的には、家計費が足りなくなって貯金をおろした乙ともある。
私はやりくりが上手ではなかったからだ。
けれども、そんなときでもあとからちゃんと補充しておいた。
「何かしたいことができたときのための資金だもん。
家計費なんかに使えない」私の言い分であった。
実際、「何かしたいこと」はすぐにできた。
結婚してしばらくすると、私は東南アジアの布について勉強したくなったのだ。
大学時代に調べようと決心しながら、結局、途中で立ち消えとなっていたのが悔しかったからだ。
勉強といっても、ただ、本を読んだり、博物館に行ったりするだけだが、これくらいのことだってお金が必要だ。
布の本は写真がついていることもあり、けっこう高価だった。
博物館に行くにしても、電車賃やら入場料など、けっこう物入りである。
そのうち、私はアメリカにある織物の博物館のメンバーとなって、そこから資料を取り寄せることを思いついたが、そのときもまず必要なのは、やはりお金だった。
家計費の足しにするときは、「ああ、もったいない」と思うくせに、自分が好きな布の本を買うとき、私は喜々として貯金をおろした。
大盤振舞いという感じだった。
おそらく夫に頼めば、出してくれたと思う。
彼は妻が好きなことをするのを喜んでくれる人だからだ。
けれども、私としては自分の趣味でしていることに、家計費をつぎ込むのは後ろめたくてできなかった。
結婚すると、主婦は自分のためにお金を使いにくくなる。
洋服を買うときも、「子供の入学式に着るから」とか「主人の部下の結婚式に出席するから」など、家族と自分を納得させるような理由をつけないではいられない。
私の周囲の主婦たちも、決して生活に困っているわけではないのに皆けっこうストイックだ。
自分だけの楽しみにあまりお金を使わないし、使うことに罪悪感を持っているようだ。
私もそうだつた。
家計費を使って、自分だけのものを買うことにはかなりの抵抗があった。
もし、あの貯金がなかったら、布の本を買うことはなかったろうし、博物館も行かなかっただろう。
東南アジアの布の勉強をしたからといって、何かいいことが起こるわけではない。
家族のためになるわけでもない。
けれども、私は自分のお金で買った本を開くとき、本当にうれしかった。
魂が体を抜け出して、天空を自由に飛び回っているように感じたほどだ。
そんなオーバーな、と思われるかもしれないが、本当だ。
しみじみ思った。
ああ、バイト代、貯金しといてよかった、お金っていいものだなあ、ありがたいものだなあと。
だから、これから結婚するあなたに言いたい。
結婚してから自分の自由を得るためにも、魂が浮遊するような快感を味わうためにも、あなたはあなたのためにだけ使える預金口座を持っていたほうがいい。
ヒモつきでないお金は、持っているだけで、あなたを自由にしてくれる。
もちろん結婚後の自由はお金では買えない。
けれども、あなたがあなたを自由にしたいと願ったとき、絶対にお金は必要となる。
私はそう実感している。
結婚前にしておくこと、何はともあれ、貯金です。
ただ、妻はつねに自分にスタン・パイしていると、無邪気に信じ込んでいるところがある。
だからこそ、こういう行動に出るのだろう。
もっとも、妻は妻で、「ねえ、ねえ」の枕詞に続けて、延々と自分の話をしてしまったりする。
相手が疲れていようと、そんなことおかまいなしだ。
これも、夫は自分にスタン・パイしていると期待してのことなのだ。
程度の差こそあれ、結婚すると、多くの夫婦は互いに相手を「私の専属」と見なすようになる。
結婚とは特定の個人と専属契約を結ぶことだと言いたくなるほどだ。
何を隠そう、私たち夫婦にもそういう面がある。
私の夫は、かなりのマイ・ペース人間だ。
はっきりいって自己中心的な言動が目立つ。
おそらく外では気を使っているのだろう。
その反動か、家の中ではまさにやりたい放題。
本人も認めるところとなっている。
以前、夫が書いたエッセイの中に、「夜遅く酔って帰ってきて、妻のことを踏んづけて起こしたり、よく眠っている息子の顔をペロペロなめて絶叫させたりする」というエピソードがあったらしい。
そのとき、私は周囲の人に「あれ、本当のこと?まさかね、違うよね?」とか、「エッセイだからオーバーに言っているのでしょう?」と何度も尋ねられたが、この場を借りてお答えしましょう。
本当です、それも、けっこう頻繁にあります。
おまけに、翌朝は二日酔いだといって、明け方から大騒ぎ。
「気持ち悪い、もう酒は飲まない」と、家中に宣言して歩く。
まったくいいかげんにしてほしい。
私なんて、二日酔いの朝だって頭を動かさないようにしながらそろそろと起き、「二日酔い?なんのことかしら?」と涼しい顔をして見せるというのに(もっとも、家族が出払ったあと、ばったり倒れて昼まで起き上がれないなんてこともあるのだけれど。
ま、こんなこと、威張ることではないとよくわかってはいるけど)。
それでも、私は、ひとりぼっちでいるよりは、二人で、できれば子供もいて、にぎやかにしているほうがうれしい。
たとえ顔を踏んづけられでも、失いたくない今の毎日なのだ。
まあ、要するに、寂しがりゃなんですね。
穏やかでシーンと静かな生活より、大騒ぎしてかき回される毎日のほうを選びたいと思うのだから。
だから、もし、あなたが寂しがりゃだったら、それだけで、結婚に向いているといえるだろう。
加えて、もし、他人に合わせるのが得意だったら、さらに結婚に向いている。
もちろん、結婚しても毅然とした生き方を崩さず、わが道を行くヒトもいる。
それで立派なことだが、日常生活を他人と過ごすときは、ゴーイング・マイ・ウェイだけではやっていけないことが多い。
自分の思い通りにしてばかりいたら、配偶者との間に、亀裂が生じてしまう。
その亀裂は、不幸につながっていくだろう。
だからといって、「結婚したら自分を殺して夫に仕えなくちゃいけない」なんてことを言っているわけではない。
そんなことを言ったら、私は自分で自分の首を絞めてしまうことになる。
私は滅私奉公にはほど遠い暮らしを送っているのだから。
自分では一生懸命夫の生活に合わせようと努力はしているつもりだが、夫のほうでは「全然努力が足りない」と不満に思っていることもあるだろう。
私が言いたいのは、結婚には、柔軟な対応が必要だということだ。
ときとして納得できないと思うことがあっても、そこは目をつぶって、相手に合わせる、または合わせようとする人でないと、うまくいかない。
それから、もう一つ、物事をきっちりと計算して行動するのが好きな人は、結婚には不向きだ。
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